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2005年10月10日 (月)

三界唯一心

「三界唯一心 心外無別法 心仏及衆生 是三無差別」

三界ハ唯一心ナリ 心外ニ別法無シ 心ハ仏ヨリ衆生ニ及ブ 是レ三(界、あるいは心・仏・衆生)ニ差別無シ

これを

三界ハユイイツ 心ナリ ではなく、三界ハタダ 一心ナリ と読めば、

「不如三界、見於三界」 を

三界ノ三界ヲ見ル 如(ゴト)クニ アラズ ではなく、

三界ノ三界ヲ見ルニ 如(シカ) ズ と読み取れます。さすれば

「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」 を 

「色」も「空」も 差別無し として

捉えることが出来るとおもいます。

三界ハユイイツ 心ナリ と理解すると、「色」も「空」も「心」に帰結されて、

「唯心論」 になってしまうでしょう・・・

*改定追補(平成18年6月23日)

「三界唯心」     ( 正法眼蔵(五) 全訳注 増谷文雄 講談社学術文庫 )

この一巻で道元が何を言わんとしているか?

訳注者は次のようにのべています。

   「この一句の表現は、如来一代の総力をあげてなれるものである。一代の総力をあげるということは、如来の力をこぞって余すところなきをいうのである」 ということは、 ここに仏智はことごとく結晶しているのであり、ここに仏教の世界観の根本基底があるとでもいうところであろう。
しかるに、「三界(さんかい)唯心(ゆいしん)」もしくは「三界唯一心」といえば、人はとにかく、ああ仏教は結局のところ唯心論なのだなあと、早合点しがちである。はやい話が、古来から仏教をもって唯心論だとしている人々は、けっして少なくないのであるが、それは、けっして「三界唯心」の真意をえたものでない。

この訳注にしたがって門外漢(拙者)は

「三界唯一心 心外無別法 心仏及衆生 是三無差別」を、
「三界は唯一(ゆいいつ) 心(こころ)なり」 

〔さんがい-ゆいいっしん 【三界唯一心】大辞林 第二版より 〔仏〕 三界のすべての現象は心によってのみ存在し、また、心のつくり出したものであるということ。三界唯心。

ではなく、「三界は唯(ただ) 一心なり」 と読んでみました。

「心」は「こころ」ではなく、「中心の心(しん)」あるいは「核心の心(しん)」です。
「三界ハ唯(ただ)一心ナリ 心外ニ別法無シ 心ハ仏ヨリ衆生ニ及ブ 是レ三(界あるいは心・仏・衆生)ニ差別無シ」 と書き下します。
次いで 「心外ニ 別法 無シ」 を心経の「是 諸法 空相」と照らし見くらべれば、

「心」と「空」は同義となります。
空(くう)たる仏から衆生たる色(しき)まで「無差別」となり、

「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」を
「空」も「色」も 差別無し 、と捉えられるのではないかと思います。 

さらに「三界」についての説明のなかで、
   「三界とはすべての世界のことである」 と説かれています。

「不如三界、見於三界」 これを
「三界ノ三界ヲ見ル 如(ごと)クニ アラズ」 と読み取ると、「三界以外の世界」が想定されてくることになりなす。しかし想定する そのもの が三界にいる もの であれば、
それは自ずと 「三界の内(うち)の想定」となってしまいます。
「三界ノ三界ヲ見ルニ 如(しか) ズ」 と読めば、この「想定」は無くなります。
  
「三界ハユイイツ 心ナリ」 と理解すると、「空」も「色」も「心(こころ)」に帰結されて、
「唯心論」 になり、
「三界ノ三界ヲ見ル 如(ごと)クニ アラズ」 と読みとくと、自己撞着になります。

このような読み方は 「無明の もの の読み方だ」 と言われれば、 門外漢(拙者)には反論は出来ません。
しかし、 無明は、
「単純に不知Nichtwissenの意であった」のではなく(勿論それはそのNichtwissen―Wissenの局面を有するが・・・・・)、一貫して存在(ザイン)であったのである。
                                      津田眞一  「アーラヤ的世界とその神」

「在(あ)る」と言うのであれば、無明ということも畢竟 三界のなかではなかろうかと思われます。

仏法が「唯心論ではない」ことは、ひとり道元(曹洞宗)の説くところではなく、
空海(真言宗)においても、言われるところです。

      ・・・しかし、ここで、身体性の原理を、はっきり肯定するのである。この身体を
            のぞいて、どこに、われわれの住む世界があろう。
      身体性の原理が肯定されることによって、同時に物質世界が肯定されるのである。
            密教はあの唯識仏教のように、単なる唯心論ではないのである。
      そうではなくてそれは、物質的原理を、精神的原理以上に強調している。
      身体は、すなわち、わが内なる物質なのである。
                      梅原 猛  空海の思想について 『即身成仏義』

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コメント

勉強させていただきます。

投稿: 古川 徹 | 2008年2月 1日 (金) 13時39分

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